窓ガラスの疑問をチェック!寒さで割れるって聞くけど本当か!

目安時間:約 6分

私のベランダに続くドアガラスは割れています。

 

最初は1階で子供たちがたまにあそぶBB弾があたってひび割れたのかと庭と思っていたのですがここに住みだしてからガラスに物があたった記憶がないのです。

 

単に寝ていたり気づかないだけかと思っていましたがどんどんひびは広がりクモの巣みたいになっています。

 

引っ越しの予定はありあませんが気になるので今回は「窓ガラス」について紹介します。

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ガラス窓にも歴史があった!日本編!

窓ガラスの建築は幕末以降の明治時代までごく限られた人や施設でしか使われていませんでした。

明治(1909)年、旭硝子が国内最初となる板ガラスの量産を開始しました。

 

ほとんど輸入に頼っていた日本のガラス産業を牽引していくことになります。

 

当時は手吸円筒法(シリンダー法)により製造していました。

 

大正7年(10937)年には日本板ガラス株式尾会社(現:日本硝子株j式会社)が設立しました。

大正9年から生産を開始しました。

 

その後、大正から昭和初期にかけて生産量が増加しました。

 

住宅に窓ガラスが普及していきました。

 

昭和12(1937)年にかけて生産量が増加しました。

 

しかし、戦争がはじまるとガラスは航空機や戦艦などの軍事目的でのみ生産されるようになります。

 

そのため、一般住宅ではガラス窓を一層大事に扱う必要がありました。

 

戦争が終わると、板ガラス操業が順次再開しました。

 

終戦後は全国で住宅が不足し、学校などの窓ガラスも割れた状態でした。

 

建材として、ガラス生産は社会的に重要な役目を担ったのです。

 

戦後、ガラスの生産量は住宅の増加と共に急増。

 

昭和38(1963)年にはセントラル硝子株式会社が発足し、ガラス産業は活況していきます。

 

さらに同年7月、建設基準法改正により建築物の高さが緩和されました。

 

これにより高層ビルが発達し、それに伴ってガラスの大型化や多様化が求められるようになりました。

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その後、1980年代からガラス建築が急増しました。

 

当時の日本はバブル期でとにかく新しいものをなんでも作ろうという熱気がありました。

 

そうした雰囲気が渦巻く時代において全面ガラス張りの建築は近未来を想起させるようになったのでしょう

 

窓ガラスの歴史日本とヨーロッパを比較!

日本では明治21年ごろにビール瓶などのガラスがはじめてつかわれたといわれます。

 

ところがヨーロッパは紀元頃5000年前から陶器を作る際の材料として使われたり、紀元前3000年ころにはアルカリ石灰による装飾ガラスなどがすでにつくられていたそうです。

 

また黒曜石などガラス質でできた天然の石であれば石器時代から包丁や矢じりとして利用されたとの説もあります。

 

その後、紀元前1500年ころになるとエジプトやメソポタミアなどでは溶かしたガラスを粘土でかたどった型枠に流し込んで型押し法という技法で本格的にガラスが使われたといわれています。

 

また紀元前100年ころには鉄パイプに息を引き込むような吹きガラスという製法がりようされるようになりました。

 

拭きガラス製法は今でもガラス職人さんが使っている技法です。

 

拭きガラス製法が利用されるようになってからそれまでとても貴重なものであったのが、貧しい人々でも簡単にガラスのコップや瓶が飼えるようになったといわれています。

 

まとめ

 

ヨーロッパのガラスのっ歴史や時代、時代や今日の住環境を支える重要な役目を担っている点を紹介してきました。

 

やはり、ヨーロッパにおいても熱に強く透明で美しいガラスは人にとって無くてはならない存在ですね。

 

それにくらべて、日本はあまり進んでなかったようですね。

 

でも今での受け継がれるガラスの素に息を吹き込む技法はとても素晴らしいと思います。

 

一度体験をしてみたいと思っているのですが、私の周りにはなかなかなく、ちょっと残念です。

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カテゴリ:冬のイベント 

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